3本立ての胡蝶蘭、そのままにしていませんか?もらった鉢の株分けと植え替え

ゴールデンウィークが明けたころ、教室の生徒さんが大きな紙袋を抱えてやってきました。
中身は、ご主人の開業祝いにいただいたという3本立ての胡蝶蘭。
花はすっかり終わって、白い花びらの代わりに、緑の葉と支柱だけが残っている状態でした。

「捨てるのも忍びなくて、半年そのままにしていたんです」

こういうご相談、毎年5月と6月にいくつもいただきます。
そして鉢をひっくり返してみると、たいてい同じ光景に出会います。
根が黒く傷み、水苔が握るとぬるりと崩れる。
株のせいではありません。3本立ての鉢は、そもそも長く育てるための形をしていないのです。

はじめまして、園芸講師の大森佳代子と申します。
神奈川県横浜市の郊外で、自宅の一室を開放したガーデニング教室を主宰しています。
胡蝶蘭とのつきあいは25年ほど。展示会に足を運んでは新しい品種に見とれ、家では毎年いくつかの株を咲かせながら暮らしています。

この記事では、いただいた3本立ての胡蝶蘭を1株ずつに分けて植え替える方法を、道具の準備から作業後のケアまで順を追ってご説明します。
むずかしい技術は使いません。必要なのは、適した時期を待つ落ち着きと、根に触れるときの少しの丁寧さだけです。
一緒に手を動かしていきましょう。

目次

3本立ての胡蝶蘭は「1鉢に3株が同居している」状態です

まず、お手元の鉢の中がどうなっているかを知っておくと、このあとの作業がぐっと分かりやすくなります。

化粧鉢の中には、小さなポットが3つ入っています

贈答用の胡蝶蘭は、1株ずつビニールポットや小さな鉢で育てられた苗を、出荷の直前に大きな化粧鉢へ寄せ集めて仕立てます。
3本立てなら3株、5本立てなら5株。それぞれ別々に育った株が、その日はじめて肩を寄せ合っているわけです。

株と株のすきまには、見栄えを整えるために水苔や発泡スチロールが詰め込まれています。
花が咲いている数か月のあいだ、豪華に見せるための工夫としてはよくできた形です。
ただ、これはあくまで「見せるための仮の姿」だと考えてください。

そのままにしておくと、根が蒸れて傷みます

胡蝶蘭の根は、原産地では樹の幹や枝にしがみつき、空気にさらされたまま雨と霧から水を得ています。
風が通ることが前提の根なのです。

ところが寄せ植えの鉢の中は、3株分の根と詰め物がぎゅうぎゅうに押し込まれ、風がほとんど動きません。
水をやれば内側にたまり、乾くまでに時間がかかる。
その状態が続けば、根は呼吸できずに傷んでいきます。

私が生徒さんの鉢を開けたときに見る黒い根は、たいていこれが原因です。
半年放っておいた罰ではなく、構造上そうなりやすいというだけの話。
だからこそ、花が終わったら分けてあげてほしいのです。

「株分け」と「鉢を分ける」は、じつは別の作業です

ここで用語の整理を少しだけ。
園芸の世界で株分けというと、親株から出た子株や、花茎の途中から伸びた高芽を切り離して独立させる作業を指します。
胡蝶蘭はわき芽が出にくい植物なので、この意味での株分けは、条件がそろったときだけの少し特別な作業です。

一方、3本立ての鉢をほどいて1株ずつ植え直すのは、もともと別々だったものを元に戻す作業にあたります。
言ってみれば、株分けというより引っ越し。
ハードルはずっと低く、初めての方でも十分に手が届きます。

この記事では後者を中心にご説明したうえで、記事の終盤で子株や高芽が出ていた場合の扱いにも触れます。

分ける時期は「花が終わった春」が合図です

作業の成否は、腕前よりも時期で決まります。ここは焦らないでください。

適期は4月から6月、最低気温15℃を目安に

胡蝶蘭の植え替えの適期は、春の終わりから初夏にかけて。
NHK出版のみんなの趣味の園芸では、5月上旬から6月下旬がもっとも適した時期とされています。

この時期を選ぶ理由は単純で、作業のあとに根が伸びる季節が控えているからです。
植え替えは、株にとっては小さな手術のようなもの。
傷ついた根をふさぎ、新しい根を出すには、暖かさと生育の勢いが要ります。

目安として、最低気温が15℃を下回らなくなったら始めどきです。
横浜の私の家では、だいたい4月の下旬から動きはじめます。

花が咲いているうちは、手を出さないでください

つぼみがふくらんでいる、まだ数輪残っている。
そんな状態で鉢を分けるのは、いちばんもったいない選択です。

開花中の株は、体力を花に注ぎ込んでいます。
そこへ根をいじる負担を加えると、花が早く落ちるうえに株も弱ります。
花を最後まで見届けてから、次の作業に入りましょう。

花が終わったら、花茎の処理を先に済ませておくと株が休みやすくなります。
株を休ませたいなら付け根から、もう一度咲かせてみたいなら下から3節目あたりの上で切る。
このあたりは好みで選んでかまいません。

いただいた時期別、待ち方の目安

お祝いの花は季節を選んで届くわけではありません。
届いた時期ごとに、次の春までどう過ごすかを整理しておきます。

いただいた時期花が終わるころ分ける時期の目安それまでにやっておくこと
冬(12〜2月)2〜4月ごろ気温が15℃を超える4月下旬以降ラッピングを外し、暖かい窓辺で管理する
春(3〜5月)5〜7月ごろ花後すぐ、6月末までに済ませる詰め物の水苔の乾き具合を時々確認する
夏(6〜8月)8〜10月ごろ翌年の4〜6月まで待つ直射日光を避け、風の通る場所へ
秋(9〜11月)11〜1月ごろ翌年の4〜6月まで待つ夜間の冷え込みから守り、水を控えめに

秋や冬にいただいた鉢は、半年ほど待つことになります。
その間ずっと寄せ植えのままで大丈夫かと聞かれますが、包装さえ外して風が通る場所に置いておけば、たいていの株は春まで持ちこたえます。
待つあいだにいちばん大事なのは、水のやりすぎを避けること。ここだけ気をつけてください。

用意するものは、そろえてしまえば1,000円ほど

道具は特別なものを使いません。園芸店とホームセンターで一通りそろいます。

鉢は1株につき4号か5号、大きすぎない鉢を

分けたあとの株には、直径12〜15cmほどの4号から5号の鉢がちょうどよいサイズです。
立派な株だからと大きな鉢を選びたくなりますが、これは失敗のもと。
鉢が大きいほど植え込み材の量が増え、乾くのに時間がかかり、根が傷みます。

素焼き鉢は通気性がよく、水苔で植える場合に相性がいい。
プラスチック鉢は軽くて乾きにくく、バークで植えるときや、乾燥しがちな部屋に向きます。
透明のポットを使えば、根の色や水苔の湿り具合が外から見えるので、慣れないうちはむしろおすすめです。

水苔とバーク、どちらを選ぶか

迷ったら、いま使われている植え込み材と同じものを選んでください。
株はその材質に合わせた根の張り方をしているので、急に変えると水やりの感覚が狂います。

水苔は保水力が高く、乾きにくい代わりに、詰め方しだいで通気性が変わります。
バークは樹皮を砕いたもので、乾きが早く、水やりの回数は増えますが根腐れの心配は減ります。
贈答用の鉢は水苔で植えられていることが多いので、まずは水苔で考えておけば大きく外れません。

そのほかにそろえるもの

  • ハサミ(消毒できるもの。ライターの火であぶるか、熱湯にくぐらせて使います)
  • ピンセット(古い水苔を根のすきまから取り除くのに使います)
  • 支柱とクリップ(次に花茎が伸びたときのために取っておきます)
  • 新聞紙かレジャーシート(作業台の上が驚くほど散らかります)

ハサミの消毒は省かないでください。
胡蝶蘭はウイルス病にかかると治せません。株から株へ刃を移すたびに火を通す、その一手間が株を守ります。

実際に分けてみましょう

ここからが本番です。所要時間は3株で1時間ほど。休日の午前中がおすすめです。

1週間前から水やりを止めておく

作業の1週間ほど前から水を控えると、植え込み材が乾いて株を抜きやすくなります。
それに、乾いた状態のほうが生きている根と傷んだ根の区別がつきやすい。
これはAND PLANTSの解説でも最初のコツとして挙げられています。

化粧鉢から抜き、ポットを取り外す

化粧鉢を横に倒し、株の付け根を持って静かに引き出します。
すきまの詰め物を先にピンセットで抜いておくと、力を入れずに外れます。

出てきた3つのポットは、そのまま手で分けられることがほとんどです。
根がからみ合っていたら、無理に引きちぎらず、指でゆっくりほどいていきましょう。
どうしてもほどけない根は、切ってしまうより残すほうが安全です。

古い水苔を落とし、傷んだ根だけを切る

ポットから株を出したら、古い水苔をピンセットで取り除きます。
ここでの目安は「無理なく外れる分だけ」。根にしがみついた水苔を力ずくで剥がすと、根まで一緒に持っていかれます。

根の見分け方は、触ればすぐ分かります。
白っぽくてしっかりした手ごたえのある根、緑がかっていて張りのある根は健康です。
指で押すとぺしゃんとつぶれるもの、茶色や黒に変色してすかすかのものは、すでに役目を終えています。

切るのは後者だけ。健康な根は1本も切らないつもりで臨んでください。
初心者の方の失敗で圧倒的に多いのが、根の切りすぎです。
迷ったら残す。これで大丈夫です。

なお、根の先端の少し色の濃い部分は成長点です。ここを傷めると、その根はもう伸びません。
ピンセットの先を向ける方向にだけ、気を配ってあげてください。

水苔を巻いて、鉢に収める

水苔は使う30分ほど前から水に浸し、使う直前に軽く絞ります。
絞り加減は、握って水がしたたらない程度。びしょびしょのまま巻くと、そこから傷みます。

巻き方は、まず株元の根の中心に小さく丸めた水苔を差し込み、そのまわりを包むように外側の根へ広げていきます。
根の全体がうっすら覆われたら、鉢に押し込む。
鉢のふちを持って軽く上下に揺すり、株がぐらつかなければ完成です。

詰め具合は、指で押すと少し沈むくらい。
かちかちに固めると水が抜けず、ゆるすぎると株が安定しません。
幸福の胡蝶蘭屋さんの手順解説では写真つきで工程が追えるので、はじめての方は手元に開いておくと安心です。

支柱とクリップは、いったん外して立て直す

寄せ植えのときの支柱は、3株をまとめて見せるための角度で立っています。
分けたあとは不要なので、いったん全部外してしまってかまいません。

次に花茎が伸びてきたら、そのときに新しい支柱を立て直します。
外したクリップは小さな袋にまとめて、鉢の近くに置いておくと来年慌てずに済みます。

分けたあとの1か月が、いちばん大事な時間です

作業そのものより、その後の過ごし方で結果が変わります。

水やりは7日から10日ほど空ける

植え替え直後の株は、切り口がふさがっていない状態です。
そこへ水を与えると、傷口から菌が入って傷みやすくなります。

7日から10日ほど水を止め、根が新しい環境に落ち着くのを待ちましょう。
心配になって早めに水をやりたくなりますが、ここは我慢のしどころ。
胡蝶蘭は葉に水をためられる植物なので、10日程度の断水ではびくともしません。

空気が乾く季節なら、葉の表面に霧吹きをするくらいはしてあげてください。
株が落ち着いてからの水やりは、植え込み材の表面が乾いてから、鉢底から流れ出るまでたっぷりと。この繰り返しです。

肥料は1か月、我慢する

弱った株を励ましたい気持ちから肥料を足す方がいますが、これは逆効果です。
新しい根が動き出していない時期に養分を与えても吸えず、鉢の中に残って根を傷めます。

肥料は、新しい根や葉が動き出したのを確認してから。
早くても作業の1か月後、私は葉の付け根に新芽の気配が見えてからにしています。

置き場所と、よくある失敗

分けたあとの株は、直射日光の当たらない明るい場所へ。
レースのカーテン越しの窓辺が、いちばん失敗が少ない置き場です。
気温は15℃から25℃くらい、エアコンの風が直接当たらない位置を選んでください。

この時期にありがちな失敗を挙げておきます。

  • 弱った気がして日に当てる。かえって葉焼けを起こします
  • 水を控えるあまり、1か月以上まったく与えない。今度は乾燥で根が枯れます
  • 何度も鉢から抜いて根の様子を確認する。落ち着く暇がありません
  • 分けた3鉢を並べて置き、いちばん元気な株にだけ手をかける

最後のひとつは、私自身がやりました。
3株のうち2株はすぐに新しい葉を出したのに、1株だけ動かない。気になって水をやりすぎ、その株だけ根を腐らせてしまいました。
動きの遅い株は、そっとしておくのがいちばんの世話です。

分けた鉢は、暮らしの中で使い分けられます

3鉢に分かれた胡蝶蘭は、大きな1鉢だったころとは違う楽しみ方ができます。

置き場所を分散させると、管理がうまくいく

すべて同じ棚に並べるより、リビングと寝室、というふうに分けて置くほうが結果はよくなります。
場所によって光の量も風の通り方も違うので、どの環境が自分の家で合っているのかが分かるからです。

私の家では、玄関ホールと2階の東向きの部屋と、リビングの窓辺に置いて比べた年がありました。
いちばん先に花芽を上げたのは、意外にも風がよく通る玄関の株です。
胡蝶蘭は暖かければいいというものではないと、そのとき学びました。

咲いた鉢を、今度は誰かに贈るという楽しみ

株が育ち、翌年また花を上げてくれると、今度は自分が贈る側にまわりたくなります。
教室でも、育てた鉢を娘さんの新居へ持っていったという話をよく聞きます。

ただ、胡蝶蘭を贈るときは、届けるタイミングにいくつか作法があります。
開店祝いなら前日から当日、就任や昇進なら着任の直後、新築祝いなら引っ越しから1〜2週間後というふうに、場面ごとに適したタイミングが違うのです。
このあたりを場面別に整理した記事として、フラワースミスギフトの胡蝶蘭はいつ送るのが正解?シーン別のベストタイミングを徹底解説!が読みやすくまとまっています。
ネットで注文する場合は希望日の3日から7日前までに手配しておくとよい、といった実務的な話まで書かれているので、贈る予定のある方は一度目を通しておくと迷いません。

贈られた側が困らないためにも、真夏や真冬の配送を避ける配慮は覚えておきたいところです。
自分が受け取って苦労した経験は、贈るときにそのまま生きてきます。

よくいただく質問にお答えします

教室で毎年出る質問を、いくつかまとめておきます。

3株のうち1株だけ、葉がしおれています

その1株だけ根が傷んでいる可能性が高いです。
分けるときに根の状態を確かめ、黒い根が大半を占めているようなら、水苔を少なめにして小さめの鉢に植えてください。
葉がしわしわなのは水切れではなく、根が水を吸えていないサインであることがほとんどです。

葉が2枚以下になってしまった株は、正直なところ回復に1年以上かかります。
それでも、生きている根が数本あれば見込みはあります。私も3年かけて復活させた株を持っています。

根が鉢の外へあふれ出しています

空中に伸びている根は気根と呼ばれ、傷んでいるわけではありません。
胡蝶蘭にとってはごく自然な姿なので、無理に鉢の中へ押し込まないでください。
折れやすいので、植え替えのときは外に出したままにしておきます。

気根がやたらと多い場合は、鉢の中の環境が合っていないという合図でもあります。
植え込み材が古くなっていないか、確認する良い機会です。

分けると、翌年は咲きませんか

分けたその年に咲かないことはあります。作業の負担で株が体力を使うからです。
ただ、寄せ植えのまま置いておくほうが、翌々年以降の見込みはずっと薄い。
1年休ませて、その後10年つきあうと考えるほうが現実的です。

胡蝶蘭は条件が合えば20年以上生きる植物です。
実際に東商のコラムでも、いただいた株を長く育てるための管理として、寄せ植えを分けることが挙げられています。

子株や高芽が出ていたら、どうしますか

株元から小さな芽が出ていたり、花茎の途中から葉と根を伴った芽が伸びていることがあります。
これが本来の意味での株分けの機会です。

高芽の場合は、根が3〜5cmほど伸びるまで待ってから切り離します。
早すぎると独立できず枯れてしまうので、根が伸びるのを待つのがこつ。
切り離したあとは、小さな鉢に水苔で植えて、明るい日陰で見守ります。

咲くまでに2年から3年かかりますが、自分の手元で育った株が初めて花を上げたときの気持ちは、買った鉢では味わえないものです。
まるで蝶が生まれる瞬間に立ち会うような、あの静かな高揚感。私が胡蝶蘭から離れられない理由の半分は、ここにあります。

まとめ

3本立ての胡蝶蘭を1株ずつに分ける作業を、順に見てきました。
最後に要点を振り返っておきます。

  • 3本立ては別々の株を寄せ集めた仮の姿。花が終わったら分けるのが本来の姿に戻す作業
  • 適期は4月から6月、最低気温15℃以上。花が咲いているうちは触らない
  • 鉢は1株につき4〜5号。大きすぎる鉢は根腐れのもと
  • 傷んだ根だけを切り、健康な根は残す。迷ったら切らない
  • 作業後は水を7〜10日、肥料を1か月控える

冒頭の生徒さんの鉢は、あのあと3つに分けて、黒くなった根をずいぶん整理しました。
残った健康な根は、3株合わせても数えるほど。正直、私も半分あきらめていました。

それが翌年の秋、いちばん小さかった株が花茎を1本立ち上げたのです。
花は3輪だけ。それでも、写真を送ってくださったときの文面は喜びであふれていました。

胡蝶蘭は、思っているよりずっとしぶとい植物です。
半年放っておいたことを悔やむより、この春に鉢を開けてみてください。
中の様子が分かれば、次にすべきことは自然と見えてきます。

手を動かすのは、晴れた日の午前中がおすすめです。
一緒に育てていきましょう。